らせん状星雲

肉眼では決して見ることができないものが、聖書の中に記されているとしたら、それは何を意味しているのでしょうか?

神様を信じる私には、特に不思議ではないのですが、普通の人には「奇跡」と感じられることでしょう。

今回は、私が聖書を読んでいる最中にひらめいたことについて、星空が神様の被造物である証拠をお見せしたいと思います。

星空の中のサタン的な造形

今回の写真は「らせん状星雲」と呼ばれる天体です。強めの処理をしましたので、画像が少し荒いことをお許しください。
「らせん状星雲」または「NGC7293」と検索するともっと美しい写真がありますので、参考にしてみてください。

さて、皆さんはこの写真を見て、何を連想されますでしょうか?
私はズバリ、これを連想しました。

「プロビデンスの目」ですね。
輪郭が人の左目の形ですし、瞳の形もハッキリしています。よく見ると眉毛のようなものまであることに気が付きます。

星空の写真を撮っていると、サタン的な、あるいはイルミナティ的な造形を見つけることがあります。
例えば、土星は時期によっては目玉の様な形に見えることがあります。

2019年の土星


また、以前インスタで紹介した、「アインシュタイン」という名前が付いた月のクレーターは、目玉型の上に、特定の時期にしか現れないという不気味さです。

アインシュタインクレーター

その中でもこの「らせん状星雲」は、星空の中にあるサタン的な造形の筆頭と言ってもよいでしょう。

ところでこの星雲、非常に淡く、光害がない暗い場所で、双眼鏡でようやく存在がわかる程度です。
裸眼では、よほど目が良い方でなければ難しいと思います。

「目」の様な形を認識するためには、天体望遠鏡にカメラを取り付けて、追尾しながら長時間かけて撮影し、さらにコンピュータで画像処理をしなければなりません。

つまり、聖書が書かれた時代に、この星雲の特徴を知るということは、常識的に考えて不可能です。

なので仮に、この天体の特徴を的確に示した物語が、聖書の中に書かれてあったならば、それは紛れもなく創造者である神様の御業ということになりますよね。

私のひらめき、本当に書かれてある

さて、聖書のどこに書かれてあるのか説明していきましょう。

聖書には、サタンに騙されて人類が犯した罪のことがたくさん書かれてあります。
その最たるものの一つに、十二弟子イスカリオテのユダによるイエス様への裏切りが上げられるでしょう。

聖書では、ユダにサタンが入ったときの情景が以下のように書かれてあります。

夕食の時であった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。
ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。

ヨハネによる福音書13章2節と27節

このように、「最後の晩餐」と呼ばれる除酵祭の食事の時に、サタンはユダの心の中に入り、イエス様を裏切らせ、肉的なメシアを人類から奪い去ってしまったのです。

では、この晩餐が行われたのは何処だったでしょうか?
聖書にはこう書かれてあります。

過越の子羊を屠るべき除酵祭の日が来た。イエスはペトロとヨハネとを使いに出そうとして、「行って過越の食事ができるように準備をしなさい」と言われた。二人が、「どこに用意いたしましょか」と言うと、イエスは言われた。「都に入ると、水がめを運んでいる男に出会う。その人が入る家までついて行き、家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をする部屋はどこか」とあなたに言っています。』すると、席の整った二階の広間を見せてくれるから、そこに準備をしておきなさい。」

ルカによる福音書22章7~12節

さて、ここまでの聖書の記述の中に「らせん状星雲」のことがハッキリと書かれてあるのですが、わかりましたか?

普通はわかりませんよね。

答えは、この星雲が何処にあるのかを見れば、一目瞭然です。

ご覧ください、ココです。

みずがめ座 プラネタリウムソフト「ステラリウム」より

そうです。
まさに「水がめを運んでいる男」である、「みずがめ座」の中にあります。

そして、水がめを運んでいる男が入っていった家で、ユダにサタンが入ったのです。

普通に考えて「過越しの食事」と「水がめを運んでいる男」の間に、何の関係があるでしょうか?
人間的に考えれば、全く無関係です。

しかし、この世のすべてのものには、意味があります。
ましてや聖書の一語一句に意味がないはずはありません。

全ては人類に悟らせるため。神様はあらかじめ星空のこの位置に、サタンを象徴する造形である「プロビデンスの目」=「らせん状星雲」を置かれていたのです。

そして、ヨハネとルカに霊感を与えて、聖書の中に密かにこのことを示しておかれた。

そう考えるしかありません。

つまりこういうことです。

  ●空および天体は神様の被造物である
  ●聖書は神様の言葉である
  ●神様は実在している


全ては神様の愛

私は、聖書の研究者ではありませんし、天文学の専門家でもありません。天体写真を趣味とする、ごく普通の人間です。

ただRAPTブログというブログに出会い、そこに書かれてある事実に共感し、どうしたら正しい良い人生を送れるのかというRAPTさんの言葉(本当は神様の言葉なのですが)を信じて、その通りに生きようと決心し従って来ました。

決して楽な道とは言えませんし、十分に従え切れていないこともあるのですが、そのように生きようともがき続けています。

そのような私に、神様は「ひらめき」をお与えくださり、多くの人を救いに導き、霊魂がより成長できるように導いてくださいます。

そして、真に意味のある幸せな生き方ができるように導いてくださいます。

どうか多くの人たちが、RAPTブログをお読みになり、神様の存在に気が付き、救いと祝福を受けて真に意味のある人生を歩むことができますように。

RAPTブログはこちらです。
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