日食 神様からのラブレター

日食は、科学的な説明が非常に困難な天文現象の一つです。

えっ!?、そんな馬鹿な。
日食の説明など、いまどき小学生でもできますよ。

そう思う方が多いかもしれませんね。
しかし、その認識は正しくありません。

本当は、現代科学ではとても理解できない現象なのに、さも解っているかのような説明をしているだけです。
そして、素直に考えれば、神様が介在しているのは明らかです。

4月20日に、日本国内では関東から九州にかけての一部と沖縄で、部分日食が起こりました。
この機会に、日食について考えてみましょう。

皆既日食と金環食

今回の日食は、インド洋、太平洋地域の広い範囲で『部分日食』が見られ、一部地域で『皆既日食』、または『金環食』となりました。

このうち、「皆既日食」と「金環食」は共に太陽と月がほぼ完全に重なる場所で起こるのですが、見た目の大きさで、月が太陽よりも大きいときは「皆既日食」となり、逆に太陽が月よりも大きいときは「金環食」となります。

模式的に描くと、このようになります。
月の影(本影)が地表に届くときは皆既日食、届かないときは金環食です。

皆既日食では太陽が完全に隠されますので、太陽の周辺の星が見えるほど空が暗くなり、「コロナ」と呼ばれる太陽周辺のガスを観察することができます。それはとても神秘的な光景です。

一方の金環食は、とても美しい黄金のリングを見ることができます。しかし、空はそこまでは暗くなく、周辺の星を見ることはできません。

皆既日食と金環食 国立天文台HPより

この様に、趣が全く異なる2種類の日食を観ることができるのは、太陽と月の見た目の大きさがほぼ同じで、かつ、主に月の大きさが少し変化するからです。

古い写真で恐縮ですが、2016年の最大と最小の満月を比較してみました。

見た目の大きさは角度で表しますが、最大の方は直径が33.5′、最小は29.3′です。
ずいぶんと大きさが違うことが分かりますね。

同じ写真に、太陽と同じ大きさの円を重ねてみました。
大きい満月には、太陽が完全に隠されてしまいます。
小さい満月は太陽の方が大きいため、太陽の縁がリング状に見えています。

じつはあり得ない

じつは、この様な太陽と月の大きさの関係を、現代科学は全く説明することができません。

太陽と月は、種類も成因も全く異なる天体とされています。
つまり、何の関係もない天体ということです。

何でも良いのですが、あなたの身の回りにある、無関係な物を2つ選んで、大きさを比較してみてください。
例えば、メガネとゴミ箱、カバンとタンス、自動車と電池、など。

見た目の大きさでも実際の大きさでも、どちらでもよいのですが、ほぼ等しいことよりも、まったく異なることの方が、圧倒的に多いですよね。
何の関係もない2つの物ですので、大きさが異なるのが普通です。

しかし、まったく関係のない天体である太陽と月は、見た目の大きさがほぼ一致しています。
自然にこのような関係ができ上る確率は極めて小さく、おおよそあり得そうもないことです。

ましてや、位置関係が適宜変化することによって、あるときは片方が大きく見え、ある時は別の方が大きく見えるという、そんな絶妙な関係が自然にできるわけがありません。

つまり、現代科学の日食の説明は、
本当は否定せざるを得ないことなのに、
それでは現状を説明することができないため、
とりあえず、都合の悪いことは『偶然』という言葉でかたずけて、
現状に合わせている、に過ぎないのです。

これが、実情です。
全くバカげている、としか言いようがありません。

では、どう考えれば良いのでしょうか?
素直に考えるならば『大いなる意志』、つまり神様が介在しているということになります。


聖書の中の太陽と月

旧約聖書の冒頭には、森羅万象の由来が記されてあり、太陽と月に関して、以下のように書かれてあります。

神はまた言われた。
「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。
そのようになった。
神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。
神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。
神は見て、良しとされた。夕となり、また朝となった。第四日である。

創世記1章14~19節

大きい光が太陽、小さい光が月です。
ここで言う大小は明るさのことです。

重要なのは、神様は太陽と月を、同時に一対で造られたということです。
一対の物であれば、大きさが同じぐらいなのは、むしろ自然なことだと言えます。

そして、ある時は『皆既日食』、ある時は『金環食』と、私たちが異なる天体ショーを観ることができるのは、私たちを楽しませるための神様の粋な計らいということです。

もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざを示す。
この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。
話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、
その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。
神は日のために幕屋を天に設けられた。

詩編19章1~4節

この聖句、そのままでもよいのですが、「日(day)」を「日(sun)」に、「夜」を「月」に読み替えてみると、『日食』のことを示しているように私には思えます。

「わたしはここにいる、そしていつもあなたたちを見守っている。
 気付きなさい。そして、わたしを愛しなさい。
 大きな祝福を用意しているから。」

そんな、神様の声が伝わってきませんか?
日食はまぎれもなく、神様からのラブレターです。

おわりに

聖書に書かれてあることは、おとぎ話などではありません。

あなたの人生に有意義な、と言うか、絶対に知っておくべき情報がたくさん書かれてあります。
お読みになることを強くお勧めします。

初めは難解に感じるかもしれませんが、以下に紹介するRAPTブログを読みながら、きちんと理解して読めば、すらすらと読むことができるようになります。

皆さんに、神様の祝福がありますように。

RAPTブログ

どこから読めば良いかわからないと思いますので、とりあえず以下の記事を読んでみてください。

本当の自由とは。本当の幸福とは。悪魔の作った偽物の宗教に騙されないために幾つか知っておくべきこと。

たった一日で幸せになれる方法。「地獄の沙汰も心次第」です。

一人一人が悪魔の誘惑に打ち勝つことが、この世界を変えることになります。先ずは自分のためにお祈りしてみてください。

何をどう祈ればいいのか、具体的な方法をお教えします。自分の人生も世界の運命も変える鍵がここにあります。

RAPTブログのニュースサイトもお勧めです。
RAPT理論+α

コメント

タイトルとURLをコピーしました