
美しい十字架、南十字星
北緯20度付近で撮影した、南十字星付近の星空です。
やや右下の美しい十字架型の星の並びが南十字星です。
南十字星はクリスチャンでなくても、一度は見てみたいと思う星座の一つでしょう。
十字架に見立てることができる星の並びは他にもありますが、これほど美しいものはありません。
- 一等星が2つもある、とても明るく目立つ星座であること。
- 真南に来ると、水平線や地平線の上に直立した形になること。
- 左右対称ではなく、やや右上がりで右の星が暗いことから、少し右向きの十字架として立体的に感じられること。
などが、美しいと感じさせる所以だと思います。
国内でも沖縄県などで見ることができるのですが、高度が低いため一番下の星がどうしても暗くなってしまいます。
本来の明るい姿を見るためには、これくらいの緯度まで南下する必要があるのです。
実は、この写真とほぼ同じ星空を、パウロやペテロたち聖書に登場する人物たちも間違いなく見ていたはずです。
エルサレムは北緯31度台で、日本の鹿児島市付近に相当し、現在は南十字星の大部分を見ることができません。
しかし昔からそうだったわけではなく、見える星空の範囲は春分点の移動によって少しずつ変化します。
新約聖書の時代、1世紀のエルサレムでは、南十字星は現在の北緯20度付近で見るのとほぼ同じ高さで見ることができたのです。
はたして、パウロたちは南十字星を見て何を思ったでしょうか?
きっと、天におられるイエス様のことを思い出し、力づけられたのではないでしょうか。
天地を創造してくださった神様は、使徒たちが信仰を強く保てるように、こうして天に十字架を配置してくださったのです。
そして、現代を生きる我々に、天は神様の創造物であることを知らせ、人々が神様の存在に気付き、真に意味がある人生を生きることができるように、導いてくださっています。
神様が配置した数々の証拠
現代科学は星の配置は偶然の産物だと考えているわけですが、実際の星空は神様の意思が働いていのは間違いありません。
これは、星々を注意深く観察して、聖書の記述と比較してみれば分かってきます。
今回、この写真を撮るにあたって、様々な構想や霊感を受けました。
南十字星は間違いなく神様の意思によって置かれたものだという証拠の数々を、皆さんにお見せしたいと思います。
ε星、槍で突いた跡

南十字星の5番目の星、ε(イプシロン)星は、中心のやや右下にあります。
十字架にかけられた人の姿を想像してみてください。
この位置はちょうど左脇のあたりになります。
そして血のような赤い色をしています。
聖書には以下のように書かれてあります。
彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。
ヨハネによる福音書19章33-34
しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。
イータカリーナ星雲、分かたれた上着

これは南十字星のすぐ近くにあるイータカリーナという星雲です。
天体用のカメラで撮るともっと赤っぽく写るのですが、ほとんど赤外線なので本来はあまり色がありません。
なので、この写真はあえて彩度を下げる処理をしています。
光芒がいくつかの領域に分断されており、まるで分割した布のように見えます。
聖書には以下のようにあります。
さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。
ヨハネによる福音書19章23
ニセ十字、共に十字架に掛けられた罪人

南十字星の西には、「ニセ十字」と呼ばれる紛らわしい十字架型の星の並びがあります。
本物の南十字星は天の南極を指しており、方角を知るための重要な星座なのですが、不慣れな航海士が間違ってニセ十字を使ってしまうと方向を見誤ってしまうため、このように呼ばれています。
聖書にはイエス様の左右に二人の罪人が十字架に掛けられたとありますので、その内の一人の十字架と考えられます。
では、もう一人の十字架が反対側になければならないのでしょうか?
いいえ違います。
聖書には以下のように、イエス様と共にパラダイスに引き上げられたのは一人だと書かれてあります。
ですから星座として天に上げられたのも一人だけです。
十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
ルカによる福音書23章39-43
もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けながら、神を恐れないのか。
お互いは自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。
イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。
コールサック、午後3時の影

ウィキペディアより引用
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/dd/Crux_constellation_PP3_map_PL.jpg
南十字星は春の天の川の中にあるのですが、十字架の基部から東側に向かって、コールサック(石炭袋)と呼ばれる暗く見える部分があります。
冒頭の写真にも薄っすらと写っているのですが、わかりにくいのでここではウィキペディアの図を引用しました。
「Worek Węgla」と書かれた部分ががコールサックです。
ちょうど地面に落ちた十字架の影のように見えるのですが、東に影があるということは、午後の陽光を受けているということになります。
そして、影の長さから推測すると、3時ぐらいの光景に見えます。
聖書には、イエス様の亡くなられた時刻について以下のように書かれてあります。
時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、三時に及んだ。
ルカによる福音書23章44-46
そして聖所の幕がまん中から裂けた。
そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。
いかがですか?
何もかも聖書の記述通りなんです。
信じられないかもしれませんが、これらは事実ですし、南十字星が十分な高さに昇る場所に行けば何方でも簡単に確認することができます。
こんな簡単なことに、どうして今まで気づく人がいなかったのかと、逆にビックリするぐらいです。
聖書は神様が使徒たちに霊感や啓示を与えて書かせた書物で、神様の言葉そのものです。
その聖書と実際の星空がピッタリ一致しているということは、星空は間違いなく神様の被造物だと言うことになります。
そしてもちろん、神様は存在していますし、現代科学の考え方は根本から間違っているということになります。
疑う余地はありません。
最後に
タイトルに「その1」と付けましたが、この話にはまだ続きがあります。
南十字星からひも解いていくと、どうやら星空には神様の意思や物語が記されているらしいことが、少しずつ解ってきました。
そしてどうやら、そのことを人々に気付かせないようにしようとするサタンのかく乱工作もあるようです。
これから少しずつ、皆さんに紹介していきたいと考えています。
お楽しみにしてください。
最後に、今回の投稿内容につて一つお断りしておきます。
神様が星空に十字架を配置されていたからと言って、イエス様が十字架にかけられることがあらかじめ決められていたわけではありません。
人々がもっと神様に従順であったなら、イエス様はもっと長生きされて宣教が進み、人々はもっと祝福されていたはずです。
これについては、RAPTブログの初期の御言葉の中に書かれてありますね。
星空の中にも同様のことが記されているようですので、いずれ紹介したいと思います。
どうか一人でも多くの人が、RAPTブログに導かれ、神様の存在に気付き、祝福された人生を歩めますように。
注)正式な星座名は「みなみじゅうじ座」というのですが、少し堅苦しいので、この投稿の中では「南十字星」と呼ぶことにしました。
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